取材日:2011年12月10日
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・平成23年12月22掲載
取材日:2011年12月10日
2008年にモンテディオ山形の監督に就任してからの4年間で、J1昇格、残留と、クラブに大きな財産を残してくれた小林伸二監督が退任します。今回は、小林監督にモンテディオ山形を率いた4年間で感じたモンテディオ山形と山形のサッカー文化の変化を振り返りながら、「つや姫」を胸に戦った思いをつや姫レディの質問を交えながら伺いました。
―今シーズンは残念ながら降格という結果に終わりましたが、小林監督がシーズンを通してチャレンジした事はありますか?
小林伸二監督(以下小林):去年の成績が良くて、チームも順調に伸びてきたので、ショートカウンターで高い位置からボールを奪う事と、攻撃でポゼッション率を高める事にトライしました。
サッカーでは自分達が主導権を握る事が大事なので、選手にも積極的にチャレンジさせたのですが、チームとしてもう一つレベルアップ出来ませんでした。昨年まで培ってきたディフェンスラインを低く設定する守り方があったので、ラインを高くする守り方が難しいようなら、また元に戻せばいいと考えてしまった部分もありました。一度打ち出した方向性をシーズンの中で変えていくのがこんなにも難しい事なんだなと。
―難しく感じた事を教えて下さい。
小林:今年は、どうしてもゲームで怪我をする選手が多く、シーズンを戦い抜く戦力を維持しきれなかった事を考えると、選手の体づくり、いわゆるフィジカルの大切さを痛感しました。
3月の開幕戦の次の週に東日本大震災が起きたので、チームを一度休ませました。3月中はトレーニングが行えず、一度開幕してからまた休んでるので、シーズンを戦い抜くサッカー体力(サッカーを通して動く体力)が培われないまま、今シーズンに入ってしまいました。もう少し慎重にチーム作りが出来れば良かったと思います。
小林 伸二(こばやし しんじ)
1960年8月24日生まれ 51歳
1990年に現役を引退し、指導者の道を歩む。
大分トリニータ、セレッソ大阪等の監督を務め、数々の実績を残した。アビスパ福岡の強化部長を経て、2008年シーズンからモンテディオ山形の監督に就任。組織的な守備と熱い指導力でチームを統率し、J2リーグ2位の成績でチームをJ1昇格に導いた。その後、2度のJ1残留も果たし、近年のモンテディオ山形を大きく飛躍させた。
今シーズンをもって契約満了により退任。
▲東日本大震災後のリーグ再開に向けトレーニングをするモンテディオ山形選手と小林監督。
(4月16日撮影)
―4年前に就任した当時のモンテディオ山形の印象はどういうものでしたか?
小林:戦術的にディフェンスラインが高いのに、選手個人の判断でラインをコントロールしていたので、判断を間違えた時にはやられているなと思ったことと、少し高い位置でボールを回せる良い面もあったので、それを大事にすれば戦えるという印象でした。
ハード面を見ると、2007年の12月に自分が来た時は、グラウンドが1面と、クラブハウスやプールがあったので、これだけ揃っていれば、J2の他のクラブと比べてもしっかりと準備できると思いました。むしろ、雪の対策をどうしようかという事の方が気になりました。
―当時の山形のサッカー文化で感じた事はありましたか?
小林:当時は、グラウンドに練習を見学に来る人が10人もいなくて、本当に少なかったですね。初めてのホーム開幕戦(2008年3月20日 FC岐阜戦)の時も、入場者数が5,500人位だったのに、「バックスタンドがいっぱいだ」と言われて、「そうなの?」と感じました。正直な話「そんなにサッカーに関心がないのかな」と感じていました。山形だからというよりも「これがJ2」という印象でした。
―就任して1年目でJ1昇格を果たすと、その状況も一変しました?
小林:全てが変わりました。特にグラウンドが変わった事が大きかったですね。就任した当時の山形のデータの中に、怪我人が多いというのがありました。原因はグラウンドが硬いという所でした。しかも砂がかなり入っていて、スライディングをすると擦り傷が出来るという状態でした。硬いグラウンドで毎日練習していれば、足首、腰、膝へ大きな負担がかかる。それは選手の寿命を縮めているのと一緒だから、「頑張れ」とは強く言えないんですよ。
でも、グラウンドの土を入れ替えて貰って、選手への負担はかなり減りましたね。新しいグラウンドがもう1面出来、練習ではグラウンド2面を交互に使えるようになったので、質の良い状態を保ったまま練習できました。
しかも、試合の時と同じ芝の長さに整えたスタジアムで練習させてもらえるようになりました。見えにくい事ですが、すごく大事な事に目を向けて貰えるようになったと思います。ハード面は結果が出ないと変えてもらえない部分でもありますが、本当に助かりました。
―モンテディオ山形を通じて県民がサッカーに触れる機会が増えたと感じることは?
小林:週末の練習ゲームに500〜600人もサポーターが集まるじゃないですか。練習見学をするスタンドも出来て、本当に多くの人に見てもらえる様になりました。サポーターの方々に喜んでもらえたり、ゲームを楽しみにしていると言われると、やはりモンテディオ山形はすごく価値のあるクラブなんだと思うようにもなりました。県民の方々のモンテディオ山形への認識が少しずつ変わってきている事がすごく嬉しかったですね。J1に昇格してから、山形のサッカー文化の大きな歯車が動き出したんだと実感しました。

▲就任当時の見学人数の少なさに「皆働いてるからグラウンドに来れないのかなと思っていたんです。」と当時を思い出し笑顔で語ってくれました。

▲12月3日の最終節へ向けた公開トレーニングには、平日の寒空にも関わらず沢山のサポーターが訪れました。
▲第30節ガンバ大阪戦は「つや姫サンクスマッチ」として行われ、13,573人のサポーターがスタジアムへ駆けつけました。
―小林監督が退任されるにあたり、サポーターから監督へ向けたメッセージを預かって来ましたので、つや姫レディから2つほど紹介させて頂きます。
つや姫レディ石川阿沙恵さん(以下石川):練習を見学に来ていた山形市の伊藤さんからのメッセージです。
つや姫レディ芳賀美咲さん(以下芳賀):最終節に駆けつけた、山形市の松井さん夫妻からのメッセージです。
―サポーターからは、「4年間お疲れ様でした」という声が多く聞こえますが。
小林:今まで、5つのクラブで監督をやってきました。昇格させたとしても、降格してしまえば一緒だという感覚だったんですよ。他のクラブにいたときには、大ブーイングや解任コールも経験していたので。
でも、山形のサポーターは、ちょっと違いましたね。昇格からの3年間を楽しませてくれてありがとうという声がすごく多くて。今シーズンは、励ましのお手紙を頂いたり、「頑張れ、頑張れ」と声をかけてもらった事が、忘れられず感謝しているんですよ。これまで、どこのクラブにいても、こういう事は無かったんです。
山形はまだ、J1に一回チャレンジしただけだから、こういう優しさを大切にしてほしいですね。そのためには、サポーターとクラブが考えを理解して、共有しながら、お互いに質を高めあうという所で繋がって進むことが、絶対にいいと思います。

▲サポーターからのメッセージを小林監督へ伝えるつや姫レディの芳賀美咲さん(左)、石川阿沙恵さん。

▲つや姫レディが読むサポーターからのメッセージに、耳を傾ける小林監督。
▲サポーターの松井さん夫妻。
〈他のサポーターからのメッセージはこちら→〉
▲最終節終了後のセレモニーで、サポーター、スポンサーへ感謝のおもいを伝える小林監督。
―モンテディオ山形のユニホームにも掲げられている、山形県産米の新品種「つや姫」ですが、ここでつや姫レディから、「つや姫」に関連した質問があります。
石川:県民期待の新品種「つや姫」を胸に戦った思いと、これまでで一番印象に残った試合を教えて下さい。
小林:自分が小さい頃にお米を炊く時に、もち米を少し入れてもちもち感を出していたんですが、「つや姫」自体がそういうもちもち感を持っていますよね。そんな素晴らしいお米である「つや姫」を胸スポンサーに掲げて、3年間J1で戦えるという事は本当に素晴らしいと思います。
一番印象に残っている試合は、J1に昇格した時の開幕戦(2009年3月7日 ジュビロ磐田戦)ですね。J1でプレーしたことがない選手が9人くらいいて、「皆、経験が無いんだから思い切ってやれ」と言って送り出したら、どうしてこんなに点が取れたの?という印象が強かったです。(6対2でモンテディオ山形が勝利)
芳賀:モンテディオ山形が「つや姫」をPRしていると実感した瞬間はどんな時ですか?
小林:ユニフォームを着て試合をしている時はもちろん感じますが、「つや姫」を誰かに送った時に特に実感します。
母に「つや姫」を送った事があるんですが、「息子からこんなに美味しいお米を送ってもらって」とすごく喜んでいました。去年は、お歳暮にも「つや姫」を使わせて頂いたんですが、とにかく美味しいと大好評でした。
そういえば、自分も「つや姫」サポーターの肩書きが入った名刺を持っているのですが、あれはチームを離れてから続けても大丈夫ですかね?そうしたら毎年「つや姫」が送られてこないかなと思いますよ(笑)。そうやって山形を離れてから「つや姫」を応援してアピールし続ける事が、何よりも大切な事だと思っていますから。
モンテディオ山形は山形県との関わりが深いチームなので、今後はもっともっとタイアップをして、「つや姫」を全国に広めて欲しいですね。胸に「つや姫」のロゴがあるだけですごいアピールだと思いますよ。お互いにメリットが大きい事なので、来年以降もスポンサーとして支援して頂きたいと思います。
―最後に、今後のモンテディオ山形に期待する事と、サポーターと「つや姫」を応援するすべての方々へメッセージをお願いします。
小林:モンテディオ山形は、皆さんが悔しさや熱い気持ちを持っている内に、もう一度J1に上がるべきだと思っています。そのためには、今以上のスポンサーのサポートも必要になってくるので、より一層の支援をお願いします。
4年間チームを任された中で、山形県にも少しずつサッカー文化が根付いてきていると実感できました。サッカーはプレーして楽しむ事も出来ますし、実際にスタジアムに足を運んで、自分達の手でスタジアムを創り上げる面白さもあると思います。
サポーターの方々は是非、熱い応援で選手に勇気を与え続けてください。私も陰ながら期待していますし、時折、山形にも遊びに来たいと思うので、その時はまたよろしくお願いします。
山形のサッカー文化の発展へ貢献し、サポーターから愛されたモンテディオ山形・小林伸二監督、4年間ありがとうございました。共に闘った4年間のおもいを胸に刻み、「つや姫」は、来季もモンテディオ山形を応援します。

▲モンテディオ山形と「つや姫」について熱く語ってくれました。
▲第32節アビスパ福岡戦(11月19日)のJAあまるめさんのブースで販売された、手軽に「つや姫」のもちもち感が味わえる「つや姫おむすび」(梅)。

▲インタビュー終了後、小林監督へ「つや姫」10kgを贈呈しました。